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君はこの、GIFばかりの重たいブログを開けるか

ここは退屈迎えにきてを読みました

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こんばんは。織田檸檬です。

こないだ『ここは退屈迎えにきて』という小説を読みました。

山内マリコ先生は女子の心情をうまく描写する作家さんらしいので、僕のような非モテこみゅの皆さま方に置かれましては大変ご参考になるかと思いますので一度ご拝読ください。

各章と雑感

『ここきて』の主役は女性です。一人称視点もあれば三人称視点もあります。

また『ここきて』は短編集のような体をとっていますが、椎名という男の子が必ず何らかの形で出てくるので、実は裏でつながっています。群像劇かといわれるとちょっと違うと思います。時間軸が同じじゃないので。……群像劇の正確な定義を知らないですけれども。

以下各章のひとこと感想を列挙します。あ、ネタバレあると思うのでそこらへんご注意くださいませ。

 

私たちがすごかった栄光の話

これ別になんとも思わなかったです。
東京に行ったけど特になにもなく、田舎に帰ってきた人の話です。

実際にそうなった人にとっては刺さる話かもしれません。

 

やがて哀しき女の子

スタバ店員の話です。
かつて美女でもてはやされたけれどもアラサーになって栄光を失い焦って婚活する森繁という人の話と、かつてキラキラしていた森繁に劣等感を抱いていた普通の人である山下の話です。
ここで椎名が出てくるとは思わず、ようやくこの本の面白さを知りました。

『小エビのアヒージョをナイフで小さく切り分けて口に運び、「おーいしぃ〜!」と百点のリアクションをとる』という表現には笑いました。

それと『女の子はみんな、誰だって、やがてはこんなふう(誰かの妻)になるってことを。結局は同じ一本の道しかないことを』という文章。これもなんだか残りました。

この文って今だとちょっと古い考え方のように思えますけど根強いなと思います。仮に僕が女の子だったとしたら、同じように絶望的に思っていたかもしれないです。

と読んだ当初は思っていたのですが、捉え方の問題なのかなとも思いました。同じ一本の道しかないと考えんでも、というね。あーでもちょっと違うのかな。わかんない。

深読みして自己啓発みたいな意味を得ることはどうでもよくて、そういうのに悩んでいるキャラを描くことこそがこの作品の良さだとすると、単に感情移入しやすいキャラを設計したというだけなのかもしれませんね。変な捉え方しちゃったのかな。

 

地方都市のタラ・リピンスキー

まさかの同性愛。

 

君がどこにも行けないのは車を持っていないから

遠藤という男とその女の子の話です。

女の子が最後やる気になったエンドは今までで一番読後感よかったです。

そうそうもっと希望持てよって思いました。なんで出てくる女の子みんなそんな絶望してんねん、と思ってたので。

まぁタイトルに『退屈』と書かれているので、アンニュイな感じを楽しむ小説なのだと思うと、むしろハッピーエンドのほうがいらないのかも。


しかしようやく明るめな話が来たので、ちょっと気持ちが晴れました。ハッピーエンド?というより、なんていうか前向きエンドでしょうか。


余談ですが僕は遠藤のような、何もわかっていない人間です。

 

アメリカ人とリセエンヌ

喘ぎ声の練習は読んでて面白かったのですけど、笑われているのは日本人男性なので腹の底から笑えない、ダークな面白さでした。

 

東京、二十歳。

これなんでしたっけ、ああそうこれ椎名の妹の回ですよね。
まだ上京してない人向けって感じでしたね。東京へのワクワク感みたいなのが伝わってきます。1話と対照的ですね。

感情移入度でいうと、一番この話が感情移入出来ました。僕もまだ東京に住んだことないので。

 

ローファー娘は体なんか売らない

援交回です。毎回思うんですけど、こんな子本当にいるのかと思います。いるんでしょうけど。でもなんだかテレビの中の人みたいな、実感を伴わない感じで、だからこの話もあそこがムズムズするだけで全く実感がわきませんでした。

 

十六歳はセックスの齢

だよな!!

二人の話の内容もノリも好きでした。

ただ他の話とはちょっと違う雰囲気でした。眠り続ける薫っていうのが、なんだかちょっとSFっぽくて好みでした。
ぜんぜんSFの体で書かれてるわけじゃないんですけど、題材としてはSF感じますよねこの眠り続ける女の子って。
それと柴田との事後表現が良かったと思います。なんだかかっこよさを感じました。事件を解決した刑事が一服してるみたいなかっこよさ。

まとめ

『ここきて』は話の作りが『桐島、部活やめるってよ』っぽくて退屈はしませんでした。

でも個々のキャラはあまり印象に残ってないです。感情移入しきれてないからじゃないかなと思います。

 

どこかの記事で、小さいころから男の子主人公の話に触れてきた女の子は、はからずも男の子主人公でもすっとその作品に入り込める力が養成されていて、どんな作品でも楽しむことができる。男の子はそれができない。というのを読んだことがあります。なんだかちょっとわかる気がします。単に共感能力の差では、とも思いますが。


椎名と遠藤と柴田とロシア人は記憶に残ってますものね。数少ない男だからってのもありますけど。でも僕は男にしか感情移入できないのかもしれないです。

あと単純にむっつりだからセックスが絡んでいるところしか覚えてない(爆)

 

でも僕はみなみけまどマギウテナらき☆すたなどは楽しく観ていたし、単に合わなかっただけではないのかとも思います。次元が違う? こりゃ失敬。

まぁなんだかんだ言いましたけど、最後まで読めました。

 

アマゾンのレビューを見た時、あーそうだわと思ったことがありました。

『ここきて』は最初は30歳の人の話だけど、最後の主人公は16歳になってて、だんだん若くなってます。

うらぶれた30歳でスタートした物語は、輝かしい16歳でゴールを迎える。
「気づき、諦めた」かつての少女と
「未来を疑わない」無垢な少女の対比。

うーむなるほど。そう言われると面白いですね。メメントって映画も時系列逆でしたよね。違ったかな。覚えてないや。

そういう構成も面白さのひとつだと思うので、みなさんもぜひ読んでみてはいかがですか。

 

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)